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参加型から劇場型へ

高度成長期の結婚式は披露宴部分をショーアップすることで「見せる結婚式」としての発達をとげた。テレビ時代の影響だったのか。それは、俳優(新郎新婦)と観客(列席者)からなる、ひとつの劇場空間をめざしていたようにも思われる。一例が披露宴の席次である。戦前から一九五〇年代までの冠婚葬祭マニュアルに載っている披露宴の席次を見ると、丸テーブル、長テーブル、いずれの場合も、新郎新婦はそれぞれの両親や招待客とともに同じ卓を囲んでいる(近年の例でいうと、帝国ホテルで行われた紀宮清子内親王と黒田慶樹氏の披露宴がこれだった)。それが一九六〇年代からは、金屏風を背に新郎新婦と媒酌人夫妻が並ぶステージ式に変わるのだ。披露宴自体も、乾杯、主賓の祝辞とテーブルスピーチ、多少の余興があったくらいで、あとはただの宴会だった。そこに六〇年代から司会者が加わり、ケーキ入刀が披露宴の取り(このころは取りだったのだ)を飾るイベントとして定着する。「カメラをお持ちのみなさんは前のほうに……」というあれは、テレビ時代の演出だったというべきだろう。

「産屋に移る風習」が一般化した

実に初宮参りまでの期間は、母と子は産屋に隔離されることを原則としていた。その間ウブガミが終始守護霊としてはたらいているのであり、そのことからも、ウブガミが子の一生に深くかかわってくる意味がよくわかるのである。懐妊十ヵ月のあいだに、母の生活態度が胎内の子に影響するという考え方が古くからあった。江戸時代の国学者、宮負定雄などは、受胎以前の性生活のあり方が大切である、立派な良い種子を蒔付けることに心がけるべきだと説いていた。民俗的慣習として伝承されているのは、いずれも神経がいらだつことを避け、妙なものに近よらない。悪しき色をみたり、悪しき臭いをかいではいけない。悲しんだり嘆いたりすることにつながるようなストレスをもたない。とにかく興奮しないことが妊婦にとって大切だとしている。そしてその手段の一つとして、「産屋に移る風習」が一般化したといえる。胎教の観点からも心身ともに健康であることを第一義とするからで、ここでは出産にともなうケガレ意識を正面に打ちだしてはいない。妊婦を世俗のわずらわしさから遠ざけて安静な生活環境をととのえねばならないとするのであり、はじめから不浄観があるというわけではなかった。

尊敬語と謙譲語の違いがわかりません……

ビジネスの言葉に「平等語」はない。相手が上、自分が下という立場に立った話し方が敬語の基本だ。まず尊敬語は「相手」の行動や持ち物に対して敬意を表すもの。「言う」を「おっしゃる」、「与える」を「くださる」などがこれにあたる。謙譲語は「自分」の動作に対して使い、へりくだった表現にすることで、相手を高めるもの。「言う」は「申す、申し上げる」、「与える」は「差し上げる」になる。また、丁寧語は、「です」「ます」などの語尾や、一般的なものや行動に「お」や「ご」をつける表現で、とくに自分と相手の関係性には影響されない。最近増えているのが「なんと申されましたか?」など、ていねいな話し方のつもりで、この2つを取り違えて使っている人。相手の行動に謙譲語を使うのは失礼なことなのだ。「尊敬語(相手が〜する)される、なさる、おっしゃる、言われる、いらっしゃる、おいでになる、差し上げる召し上がるご覧になるお受け取りになる、お受けになる、お聞きになる謙譲語(私が〜する)いたす、申す、申し上げる、くださる、おります、参る、伺う、いただく、承る、拝見する、ちょうだいする、聞かれる、伺う、拝聴する、お聞きする普通する、言う、いる、おる、上がる、与える、食べる、見る、もらう、聞く、」